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3. 酵素の性質とそのはたらき ―― タンパク質触媒としての精密な機構

2026.05.08

VOL 2.

3. 酵素の性質とそのはたらき ―― タンパク質触媒としての精密な機構

酵素の本質は、ほとんどがタンパク質(protein)で構成されていることにあります。

ただし例外的に、RNA分子が触媒機能をもつリボザイム(ribozyme)と呼ばれる酵素も存在し、これは遺伝子発現やRNAスプライシング ―― 真核生物の転写されたRNA(mRNA前駆体)から、タンパク質をコードしない不要な部分(イントロン)を切り取り、タンパク質をコードする部分(エクソン)をつなぎ合わせる過程のこと ―― などに関与しています [14]

酵素の最大の特徴は、高い基質特異性(substratespecificity)と強力な触媒作用(catalytic activity)です。

酵素は特定の化学物質(基質)とだけ結合し、その変換反応を著しく加速させます。

にもかかわらず、酵素自身は反応の前後で変化することなく、繰り返し利用される点が他の反応物とは異なります。

この酵素と基質の関係は、古典的に「鍵と鍵穴(lock and key)」の関係にたとえられます [15]

酵素の触媒作用を理解するうえで、「角砂糖とマッチの火」の例えが有用かもしれません。

通常、角砂糖にマッチの火を直接つけても燃えませんが、タバコの灰(炭素触媒)を上に置くと、火が付きやすくなります。

これは、灰が燃焼反応の触媒(catalyst)として働いた例です。

このように酵素もまた、反応を促進する「仲立ち役」として機能します。

ただし、無機物である金属触媒とは異なり、酵素は生物由来の分子であり、高い構造的精密性と環境依存性をもちます。

酵素は温度や㏗といった条件にきわめて敏感であり、多くのヒト酵素は体温(約37℃)、㏗6・8〜8・0の中性〜弱アルカリ性で最適な活性を示します。

条件が逸脱すると、酵素は立体構造を崩し、失活するおそれがあります [16・17]

4. 加熱と酵素の活性―― 食物酵素と現代食の問題

酵素の熱に対する感受性は、食生活との関係においても重要な意味を持ちます。

酵素は一般に約45〜50℃を超える加熱で失活し、70〜80℃では完全に構造が変性して働かなくなることが知られています [18]

このため、野菜や果物などに含まれる食物酵素(food enzymes)も、調理による加熱で失活してしまいます。

近年の栄養学では、これらの食物酵素が消化を助け、体内酵素の節約に貢献する可能性が示唆されています。

一部の研究では、人間の胃は前胃(上部)と後胃(下部)に分かれており、前胃では消化酵素がほとんど分泌されず、摂取した食物酵素による「事前消化」が行われるという説もあります[19]

この段階を経て、食物が後胃に移行してから本格的な消化酵素が分泌されるため、体内酵素の負担軽減につながるという見解もあります。

一方、現代人の食生活は、ほとんどの食品を加熱処理してから摂取する傾向があり、結果として食物酵素を摂り入れる機会が大幅に減少しています。

これが慢性的な消化負担や体内酵素の消耗を招き、代謝や免疫機能の低下につながるのではないか、という仮説も提唱されています  [20・21]

実際、狩猟採集民や北極圏の先住民族(例:イヌイット)は、伝統的に生食中心の食生活を送っており、生活習慣病や自己免疫疾患の発症率が極めて低いという疫学的報告もあります。

ただし、こうした比較には遺伝的背景や生活様式など複数の要因が関与するため、因果関係の断定には慎重さが求められます [22]


次回予告(VOL. 3)

5. 酵素が支える生命機能―― 消化・代謝・免疫・解毒まで広がる役割

2026.05.10配信予定




References

 

  1. Cech TR, Bass BL. “Biological catalysis by RNA.” Annu Rev Biochem. 1986;55:599–629.
  2. Fischer E. “Einfluss der Configuration auf die Wirkung der Enzyme.” Ber Dtsch Chem Ges.1894;27(3):2985–2993.
  3. Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman; 2021.
  4. Voet D, Voet JG. Biochemistry. 5th ed. Wiley; 2016.
  5. Whitaker JR. “Principles of Enzymology for the Food Sciences.” 2nd ed. Marcel Dekker; 1994.
  6. Howell E. Enzyme Nutrition. Avery; 1985.
  7. Pischke CR et al. “Lifestyle changes and low incidence of chronic disease in Seventh-Day Adventists.” Am J Clin Nutr. 2002;76(3):530–538.
  8. Boileau AC, et al. “Impact of cooking on enzymatic activity in vegetables.” J Food Sci. 2009;74 (6):H196–H201.
  9. Kuhnlein HV, Receveur O. “Dietary change and traditional food systems of Indigenous Peoples.” Annu Rev Nutr. 1996;16:417–442.