VOL. 12 【Column】世界を支配する食品産業の正体 ── 加工食品と巨大企業の知られざる影響力
2026.07.17
キングス・カレッジ・ロンドン(King’s College London、略称 KCL)遺伝疫学教授のティム・スペクター(Tim Spector) ―― 英国医科アカデミーフェロー、双子研究の世界的権威であり、個別医療や腸内マイクロバイオームの専門家でもある ―― は、著書『Spoon Fed – Why Almost Everything We’ve Been Told About Food Is Wrong』(2021)において、現代の食品業界の悪影響を論じています。

英国キングス・カレッジ・ロンドンの遺伝疫学教授であるティム・スペクター博士は、腸内細菌叢と食、そして個人ごとに異なる栄養応答の研究で世界的に知られています。1992年に双子研究基盤 TwinsUK を創設し、遺伝と環境が健康に与える影響を長年にわたって解析してきました。また、栄養科学プロジェクト ZOE の共同創業者として、食後血糖、血中脂質、腸内細菌叢などの個人差に基づく「個別化栄養」の重要性を社会に広く発信しています。
彼の主張の中心にあるのは、食品を単なるカロリーや三大栄養素の集合体として見るのではなく、腸内細菌叢、代謝、免疫、炎症、そして長期的な健康に影響を及ぼす複雑な生物学的情報として捉える視点です。とりわけ、超加工食品の増加、食物繊維や発酵食品の不足、植物性食品の多様性の低下が、現代人の腸内環境と代謝に大きな影響を与えていると指摘しています。

彼の著書の一部を翻訳・要約してご紹介します。
(前略)ここで、危険なまでに不正確な食品情報を生み出している最大の元凶に思い至る。
それは食品業界だ。
わたしは研究を通じて、食品業界が驚くほど有害な影響をもたらしていることに気づいた。
最近まで、ほんの一握りの企業が巨大で無尽蔵の財力と力をもっており、あらゆる人々に影響を及ぼしていることをわたしは知らなかった。
現状をより多くの人に知ってほしいということも、この本を書いた目的の一つだ。
これらの企業が、増加する人口を支えるだけの食料を供給できることや、腐敗しにくく日持ちし、食欲をそそる安価な食品を次から次へとつくり出せることは、高く評価すべきだ。

しかし、少数の超大手が、あまりにも巨大な力を急速につけてしまった。
ネスレ社、コカ・コーラ社、ペプシコ社、クラフト社、マース社、ユニリーバ社などの収益は、それぞれ単独で世界の半数以上の国の税収を凌駕する。
食品大手トップ10が、世界中の市販食品の80パーセントを握っている。
各社の2017年の売り上げは平均で年間400億ドル(約 4・49 兆円・1 USD ≒ 112.16 JPY)を超え[99]、2018年の利益は総計で1000億ドルを上回った。
こうした世界的コングロマリットは、1970年代に急成長した。
スーパーマーケットや、長期保存が可能な加工食品が登場したことに加え、これらの企業が、特にテレビを通じて家庭にメッセージを送り込めたことがその要因だ。
1980年には加工食品にビタミンを強化する傾向がさらに増加し、低脂肪や低糖や減塩を謳った商品が飛ぶように売れた。
食品業界は小躍りしながら、国の栄養専門委員会のアドバイスに従って低脂肪、低コレステロール、低糖、減塩、高タンパク質の超加工食品、言い換えれば食品のジャンクバージョンを生産したが、その委員会に影響を与えていたのは食品業界だった。

これらの加工食品は、本来の自然な食品より安く生産できるので利益率が高く、品質保持期間も長いため、市場が世界に広がった。
おまけに、今やそれらの企業は、カラフルな「低脂肪」や「ビタミン添加」などの文言に加え、さまざまな健康機能表示を添えることによって、どんな超加工ジャンクフードでも認可され、一般食品に代わる健康的な食品として売り込めるようになった。
たとえば、いかに巧妙なマーケティングによって、人工着色された朝食用シリアル —— おもな原材料が砂糖だったり、マシュマロやチョコレートの塊が入っていたりする —— が、お菓子ではなく子ども用の健康的な食品に見えるように信じ込まされたか(そして今も信じ込まされているか)を見てみるといい。

ヨーグルトは、食品のなかでも特に微生物が豊富で健康によいものだ。
ところが、ほとんどの国ではもはや、超加工食品ではないヨーグルトにはなかなかお目にかかれない。
つまり、余分な砂糖、果肉もどき、人工香料が入った合成代替品である低脂肪ヨーグルトばかりなのだ。
しかもどのヨーグルトのラベルにも、何らかの健康機能が表示されている。
20種類以上の原材料が使われているレンジ調理食品には今や、健康によい低脂肪や減塩といった、実際とは違う表示がなされている。
また、糖尿病を引き起こしかねないスムージーやジュースは、「1日に5皿分の果物や野菜を食べよう」という食事ガイドラインを守るのに有用であるかのように装っている。(後略)〞
あとがき
ラベルの「足し算」に惑わされない知性を持つために
ティム・スペクター博士が本書で指摘しているのは、現代の食品環境が、いかに巧妙なマーケティングによって「健康らしさ」を演出しているかという問題です。
パッケージに並ぶ「低脂肪」「ビタミン添加」「減塩」「高タンパク」といった言葉は、一見すると、身体への配慮のように見えます。
しかし、その食品の実態が、自然の複雑な構造から切り離され、精製された糖質、加工油脂、人工香料、着色料、乳化剤、安定剤などによって組み立てられた超加工食品であるならば、そこに表示された健康的な言葉だけで判断することはできません。
これは、本ブログで繰り返し述べてきた「有害食品環境」の問題であり、同時に「飽食のなかの栄養失調」の一つの姿でもあります。
スペクター博士が指摘するように、世界的な加工食品メーカーが急速に力を持ち始めたのは、1970年代以降のことでした。
大量生産、長期保存、テレビ広告、スーパーマーケット、そしてグローバルな流通網が結びつき、食品は「家庭でつくるもの」から「企業が設計し、広告し、常時供給するもの」へと大きく変わっていきました。

同じ時期、日本の食環境も大きく変化しています。
1970年は「外食産業元年」とも呼ばれ、ファミリーレストランやファストフードチェーンが急速に全国へ広がり始めました。
日本マクドナルドは1971年に1号店を開店し、セブン-イレブンも1974年に日本1号店をオープン、その後わずか2年で100店舗に達しています。
つまり1970年代は、日本人の食が、家庭内の食卓から、外食、コンビニエンスストア、ファストフード、加工食品へと大きく重心を移し始めた時代でもあったのです。
もちろん、これらの業態が登場したこと自体が、ただちに病気の原因になったと断定することはできません。
コンビニエンスストアや外食産業は、忙しい現代人の生活を支え、食の利便性を高め、災害時や夜間の食料供給にも貢献してきました。
しかし一方で、同じ時代から、私たちの食は大きく変質していきました。
精製された小麦や砂糖、加工油脂、保存性を高める添加物、柔らかく、甘く、塩味が強く、すぐに食べられる食品が、日常の中に深く入り込んでいったのです。
この食環境の変化と並行して、慢性疾患のあり方にも変化が見られるようになりました。
たとえば、日本における炎症性腸疾患、すなわち潰瘍性大腸炎やクローン病は、近年大きく増加してきた疾患群の一つです。
JMA Journalに掲載された研究では、日本における炎症性腸疾患の増加と、食生活の欧米化との関連が検討されており、食事の西洋化が発症増加に関わる重要な環境因子である可能性が示されています。
ここで重要なのは、単純な因果関係を決めつけることではありません。
慢性炎症、自己免疫的な疾患、アレルギー、代謝異常、肥満、糖尿病、脂質異常症。
これらは、単一の食品や単一の生活習慣だけで説明できるものではありません。
遺伝的素因、腸内細菌叢、睡眠、ストレス、運動量、抗生物質の使用、衛生環境、都市化、加齢など、複数の因子が重なって発症リスクに影響します。
しかし、だからこそ、私たちは「食環境」という巨大な背景を見落としてはならないのです。

現代人は、かつてないほど多くの食品に囲まれています。
コンビニエンスストア、スーパーマーケット、ドラッグストア、ファストフード、ネット通販。
私たちは、いつでも、どこでも、安く、甘く、柔らかく、すぐに食べられるものを手に取ることができます。
けれども、その便利さの裏側で、身体が本当に必要としているものが満たされているとは限りません。
分子生物学や生化学の視点に立てば、人間の身体は、単なるカロリー計算や、断片的な栄養素の足し算だけで動いているわけではありません。
食品は、糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルといった成分の集合体であると同時に、腸内細菌叢、消化、吸収、代謝、炎症、ホルモン、自律神経に影響を与える、複雑な生物学的情報でもあります。
たとえ人工的にビタミンを添加していたとしても、ベースとなる食品が高度に加工され、精製糖質や加工油脂に偏り、食物繊維や微量栄養素の乏しいものであれば、それは細胞にとって望ましい栄養環境とは言えません。
身体は、パッケージの表面に書かれた言葉を読んで代謝しているわけではありません。
実際に体内に入ってきた分子を受け取り、分解し、吸収し、処理し、排泄しながら、日々の恒常性(ホメオスタシス)を保っているのです。

スペクター博士が重視する腸内マイクロバイオーム、すなわち腸内細菌叢の視点も、私たちが提唱する「排泄と代謝」の重要性と深く響き合っています。
腸は、単なる食べ物の通り道ではありません。
食べたものを受け入れ、必要なものを吸収し、不要なものを送り出し、腸内細菌と共生しながら、免疫と代謝の秩序を支える生命のインフラです。
その腸に、砂糖に偏った食品、人工的に組み立てられた食品、食物繊維に乏しい食品が繰り返し流れ込めば、腸内環境は少しずつ偏り、消化・吸収・排泄のリズムにも影響が及びます。
どれほど高価な栄養素を足し算しても、腸内環境が乱れ、排泄が滞り、身体の受け入れ態勢が整っていなければ、それらの栄養素を十分に活かすことはできません。
だからこそ、私たちは「足し算」の前に、「引き算」を考える必要があります。
⚫︎ まず、パッケージの表書きではなく、裏面の原材料名を見ること。
⚫︎「低脂肪」「ビタミン添加」「高タンパク」といった一語だけで判断せず、その食品が何から作られているのかを確認すること。
⚫︎ 過剰な糖質、不要な添加物、精製された加工食品を日常から少しずつ遠ざけること。
⚫︎ そして、身体に不要なものを溜め込まず、排泄のリズムを整えること。
そのうえで、細胞が本来の動的平衡を維持するために必要な栄養素を、食事と必要に応じた補助的な栄養設計によって満たしていく。
これが、私たちの考える「引き算」と「足し算」の順序です。

健康とは、流行の食品を次々に足していくことではありません。
また、ラベルに書かれた健康的な言葉を信じて、身体の声を見失うことでもありません。
⚫︎ 自分が何を食べているのか。
⚫︎ それは、どのように作られたものなのか。
⚫︎ 腸はそれを受け入れられるのか。
⚫︎ 細胞はそれを利用できるのか。
⚫︎ そして、不要なものをきちんと外へ出せているのか。
この問いを持つことが、現代の食品環境におけるヘルスケアリテラシーです。
スペクター博士の知見は、私たちに重要なことを教えてくれます。
食品を、単なるカロリーや栄養成分表示だけで判断してはならない。
腸内細菌叢、代謝、炎症、排泄、そして長期的な健康という視点から、食べるものを見直す必要があるのだ、と。
食品環境が作り出す「健康らしいラベル」に、身体の主権を明け渡さないこと。
何を引き算し、何を足し算するのかを、自分の知性で選び取ること。
その積み重ねが、腸を整え、代謝を支え、細胞の生命インフラを守るための、もっとも現実的で、もっとも誠実な戦略なのです。

References
Tim Spector “Spoon Fed – Why Almost Everything We’ve Been Told About Food Is Wrong”(2021)Jonathan Cape
99. Kate Taylor, ‘These three companies control everything you buy’, Business Insider (4 April 2017)
