VOL. 13 酵素・1秒で世界を変える力 —— 酵素が導く代謝と修復の科学
2026.07.24
27. 生乳・母乳と酵素の意義:伝統と科学の交差点── 母乳と人工乳の違い ─ 栄養以上の生体機能
前回のコラムの記事でティム・スペンサーは、ヨーグルトについて言及していました。
多くの人は、食品メーカーが声高に謳う「腸活」と称してヨーグルトを摂取しているのではないでしょうか。
しかしよく考えてみてください。
今日、超加工食品と化したヨーグルトにはどれほどの健康効果があるのでしょうか?

母乳と人工栄養(粉ミルク)で育った乳児の健康状態を比較する研究は、これまで世界各地で多数行われてきました。
その多くに共通するのは、母乳で育てられた乳児のほうが、感染症やアレルギー、生活習慣病のリスクが低く、免疫機能や消化機能の発達においても有利であるという知見です [100・101]。
母乳は単なる栄養源ではなく、ラクトフェリンやリゾチームなどの免疫活性因子、リパーゼやアミラーゼなどの消化酵素、さらにはホルモン類を含む「生体液」としての性質を持っており、これは加熱殺菌された人工乳とは決定的に異なります [102]。

27.1 加熱処理による酵素の喪失と健康影響
粉ミルクや液体ミルクは、製造工程で加熱殺菌が施されており、酵素や熱感受性因子はその多くが失活しています。
歴史的には、19730年代以降に牛乳への低温殺菌法(63〜65℃)やホモジナイズ処理が導入されたことにより、それ以前に一部の医師の間で行われていた「生牛乳療法」は廃れていきました [103]。
この療法は、糖尿病、腎疾患、消化不良などに対して、生乳を大量に飲ませることで改善を図るもので、二十世紀初頭まで欧米では一定の支持を集めていた治療法です。
ヒポクラテス(Hippocrates)も乳製品の薬理的価値に言及しており、牛乳を医療に用いる伝統は古代から現代にまで受け継がれていました [104]。
動物実験においても、生乳を与えた群では成長速度や免疫能が高まり、骨密度や歯の健康も良好であることが確認されています [105]。
一方、加熱処理乳を与えた群では、被毛の脱落やヘモグロビン濃度の低下、さらには世代を経るごとに健康指標の悪化が見られています。
これは、生乳に含まれる熱に弱い酵素や未知の成長因子の消失が関係していると考えられています。

27.2 メチニコフと発酵乳── 伝統ヨーグルトと長寿説
ロシア出身の免疫学者イリヤ・メチニコフ(Ilya Mechnikov, 1845–1916)は、食細胞(マクロファージ)の研究により、1908年にノーベル生理学・医学賞を受賞した研究者です [106]。
そしてその後、長寿研究に没頭したメチニコフは、ブルガリアの農村に長寿者が多い理由として、生のヨーグルトや乳製品の摂取を挙げ、腸内環境の改善が老化予防につながると主張したことは有名です。
これがきっかけとなり、今日まで続く乳酸機による腸活ブームを牽引しています。
ただし、現代のヨーグルトの多くは、加熱処理された牛乳や脱脂粉乳を原料とし、乳酸菌を後から添加する工業的製法で作られているため、酵素や生理活性因子はほとんど残っていません。
そのため、バルカン地域の伝統的な〝生の乳製品文化〞とは大きく異なる食品であると言わざるを得ません [107]。
真に彼らの健康長寿を支えていたのは、単にヨーグルトそのものではなく、生乳、生バター、手作りの発酵食品などからなる「生の食文化」だった可能性があります。
これにより、体内酵素の消耗が抑えられ、代謝に無理がかからなかったという仮説も提示されています。
つまりメチニコフが、山岳地帯で一世紀もの寿命を保つ人が多いといったブルガリアの農民は、〝体内の酵素の蓄積が、生きている間にゆっくり消費されるという利点のおかげで長生きできた可能性が高い〞ということです。
だとしたら … メチニコフに世界中が騙されたのかもしれませんね ⁈
さて、どうなんでしょうか。

27.3 未加熱文化と酵素── イヌイットの例
ネイティブ・アメリカンや多くの伝統文化では、加熱食とともに薬草や医術が発展してきましたが、北極圏に暮らすイヌイット(エスキモー)は、ほとんどの食物を生で摂取する文化を持ち、医術や薬草を必要としない生活を送っていました [108]。
彼らは魚やアザラシの内臓、脂肪、胃内容物までも生で摂取し、消化酵素を体外から補うことで、極端な高脂肪食でもケトン症(ケトーシス)[109]を起こさずに健康を保っています。
魚は土に埋めて発酵させたうえで食べられることもあり、これはチーズに類似した〝天然酵素食品〞と考えられます。

27.4 母乳・生乳・酵素──死亡率と発達に関するエビデンス(証拠)
酵素の重要性は、乳児死亡率の統計からも示唆されています。
たとえば、シカゴで行われた研究では、母乳で育てた乳児の死亡率が7%であったのに対し、人工乳児では66%という著しい差が報告されています[110]。
また、ボストンでの別の調査では、母乳栄養児の死亡数は人工栄養児のわずか4分の1だったとされています。

さらに、マウスを用いた比較研究では、生乳を与えた群の骨中カルシウムやリン濃度が高く、虫歯予防効果も示唆されています。
これは、酵素がミネラルの吸収を助けている可能性を示す重要な知見です。

References
- Horta, B.L., et al. Evidence on the long-term effects of breastfeeding: Systematic reviews and meta-analyses. World Health Organization, 2007.
- Victora, C.G., et al. “Breastfeeding in the 21st century: epidemiology, mechanisms, and lifelong effect.” The Lancet, 2016; 387(10017): 475–490.
- Lönnerdal, B. “Bioactive proteins in breast milk.” The American Journal of Clinical Nutrition, 2003; 77(6): 1537S–1543S.
- Schmidt, R.M. “Raw Milk Therapy.” Certified Milk Magazine, 1935.
- Papademas, P. “Historical aspects of milk consumption.” Dairy Processing: Improving Quality, Woodhead Publishing, 2011.
- Klesges, L.M., et al. “Effect of pasteurized and raw milk on growth and development in rats.” Journal of Nutrition, 1986; 116(9): 1734–1740.
- Metchnikoff, E. The Prolongation of Life: Optimistic Studies. G.P. Putnam’s Sons, 1907.
- Muehlhoff, E., et al. Milk and Dairy Products in Human Nutrition. FAO, 2013.
- Stefansson, V. Not by Bread Alone. Macmillan, 1946.
- ケトン症:糖代謝が低下した際に、脂肪代謝が活性化してケトン体が過剰に生じる状態。一方、近代化されたイヌイットは、現代的な住宅・衣服・加工食品を取り入れた結果、病気が増え、原始的な生活をするイヌイットとは対照的な健康状態になっています。
- Williams, C. “Breastfeeding and Infant Mortality.” Journal of Pediatrics, 1934; 5(3): 209–214.